夏、秋、冬・・・そして春。
互いのいない季節がいくつも通り過ぎる。
学校の片隅で互いの姿を見つければ、胸が騒ぎ、痛みを伴った。
けれど、互いに何も言わずに微笑みあう。
そしてそのまま行きすぎる。
言葉でかわしたのではないが、それは二人の約束にも似ていた。
後悔した時もあった。
特にあきらは、何度も自分を責めた。
けれど、すれ違うたびに秀也の見せる優しい微笑みは、この選択が無意味ではないのだと諭してくれる。
無邪気に笑いあえた日々を思う。
帰りたいと願う。
けれど、それができない今となっては、それほどに大切なものを育めたことを確認する、辛くても幸せを確認する作業へと変わっていった。
進級しても、同じクラスとなることはなかった。
秀也はもともと理数系で、あきらは文系に分けられたからだ。
水守も、本来は理数系に適性があるように思われたが、あきらに請い、文系教科を教えてもらううちに、そっち方面にも才覚をあらわし始めた。
もともと学年トップクラスの頭脳を持つ彼だ、延ばそうと思えばいくらでもその才を広げられる。
あきらと共に文系に進み、明るく屈託のない笑顔で励ましてくれるその存在に、何度も助けられた。
完成を待ち望まれていた例のあきらの風景画は、文化祭で展示され、たくさんの人が称賛した。
一番手放しではしゃいだのは案の定水守で、俺が見てみたかったものを、やっと見つけた気がする、と、照れながらも真顔で告げた彼に、その一幅の絵は贈呈される。
水守がその絵を、それから何年経っても、大人になっても、決して手放さなかった本当の意味を、あきらはついに知ることはない。
あっという間の3年だった。
卒業式の日、クラスメイトに囲まれて笑いあうあきらや水守の集団と、部活のメンバーと祝いあう秀也の一団が、ゆっくりとすれ違った。
その日は花曇りで、降り出しそうな空模様が唯一卒業式という晴れの舞台に落す陰であり、すべての面々が喜びと懐かしさと共に3年間を振りかえるにふさわしい一日でもあった。
風が優しい。
秀也は、遠くの町の大学に行くという。
進学と同時に一人暮らしを始める彼を、彼の親が寂しいとこぼしていたことを、あきらは母経由で知らされた。
彼がこの街を出る一因が自分にあるのではないか、そう心を痛めないわけではなかったが、選ぶのはいつだって秀也だ。
二人が本当の意味で一つの熱を分け合った日、結局選んだのは秀也なのだ。
だから、きっと、これでいい。
水守とあきらはそろって隣町の大学に進む。
水守からすれば、ずいぶんランクを下げたことになるのでは、と、あきらがその疑問をぶつけると、満面の笑みで笑い飛ばされた。
「俺、高校で、本当に興味があることを見つけたんだ。初めて勉強することに意味を見出せた」
そうすがすがしく笑い、水守はこうも言う。
「ありがとな。あきらのおかげだ。うわべよりも大事なもんを選ぶことは、恥ずかしいことじゃないって勇気もらったの、お前と過ごした高校時代のおかげなんだ。あの学校なら、俺のやりたかった勉強ができる。名前なんかに惑わされないでさ。あきらも、そうだろ?」
「うん、そうだね」
あまりにも明るく微笑まれたので、その言葉の気恥かしさを拾うゆとりなどなかった。
感謝するのはあきらの方で、水守がいなければ、秀也のいない景色を泣いて恋しがってばかりいただろう。
これから先、少しずつ、彼に恩をかえさなきゃ、と、あきらはひっそりと誓う。
「それに、せっかくアニキたちと別の学校に通えるんだ。満喫するさ」
「・・・・?」
4人兄弟の末っ子という水守のつぶやきは、一人っ子のあきらには良くわからない。
3年ずっと共にいた水守だが、お互いにすべてを分かりあえているわけではない。
それでも一緒にいて楽しいのが友達。あきらはそれを、彼から教わった。
そんな思いを包みながら、あきらが秀也に気づく。
卒業証書を丸め、無造作につかんだ秀也も、あきらに気づいた。
お互い、優しく微笑みあった。
言葉も交わさず、周囲の仲間とともに、ゆっくりすれ違って行く。
すべてを包み込んで、いま、雨が降り出した。
ただ、静かに。
あの日と同じ、 雨音が、聞こえる。