「わ」
それを見ていた隣の生徒が、思わず、といった声を上げた。
知らない顔で、たぶん学年も違う。
傘を飛ばされた健も多少びっくりしたが、その生徒の反応は、それとは少し違った。
見たことがある反応だ。
ものすごくおぼえがある。
まさか。
「なあ、これって、もしかして」
知らない生徒を振り向く動きが、油が切れたブリキのようにぎこちなくなる。
振り返った先には、見覚えのある表情がある。
半笑い。
を、こらえる顔。
「ジンクスか!これジンクスか!」
健が叫ぶと、相手の笑いの堰が切れた。
「すげぇぇ!まじでやるヤツいた!!」
げははは、と全力で笑う相手に、健は涙目でつめよるしかない。
「なに!?これ、何!?」
「ツリー!!」
反射的に答えてくれたものの、あとは笑いが邪魔して言葉にならない。
いや、そこ、笑うの後でいいから教えろ!
健の念は通じることなく、相手は笑いすぎてむせる、という苦行タイムに移行していた。
何がそんなにツボなのか。
それよりもこの雨の中、どうやってあの傘を取り返そうか・・・見上げるも、かなりの高さに引っかかっているビニール傘が、ときおり風にあおられている。
どうすんだこれ、購買部で324円のビニ傘が惜しかったわけじゃないけど、さしあたって図書館にどうやって行ったらいい。
戸惑いといら立ちで見上げた空に、ふわりと優しい紗がかかった。
誰かが、ビニ傘をさしかけてくれたのだと気づくのに、呼吸を2回要する。
振り返る。
心配そうな瞳とぶつかる。
「キラ?」
先日知り合った、中等部の制服がそこにあった。
「大丈夫ですか?」
まだ爆笑をしている生徒と違い、その声も、表情も、健を気遣う色がにじんでいる。
さしかけられた傘のように、ただ健をいたわっている。
「あー・・・サンキュ。ところで、あれ、さ」
指さす先に、木に揺れる傘を見つけ、吉良の憂いが濃くなる。
「パラソルツリーだよ」
ようやく笑いの発作がおさまったらしき、先ほどの生徒がアンサーをだした。
「パラソルツリー。まじでビンゴであの木。中庭のあのヒマラヤスギに傘ひかっけた奴は、大事な友達をなくす」
またもやネガティブなジンクスが、ぶっこまれた。
「ええええええ。」
まじか。
言われていい気はしない内容。
惚れられて、失恋して、友達までなくすと宣言されたわけだ。
呪われし通算3つ目のジンクス。
「・・・大丈夫です」
不意に、吉良がそうつぶやく。
「僕が言うのもなんですけど、藤原先輩はきっと、大丈夫です」
健を守ろうとするかのような言葉に、なんと答えていいのか迷う。
先日、まさに本人がそのジンクスを使おうとしていた。
あの枯れ葉のしおりは、ささやかな、けれど強い祈りが込められていた。
そして同じようなジンクスを、ここで否定するのは、健への気遣いなのだろうか。
健に傘をさしかけたまま、吉良は言う。
「先輩、図書館に行こうとしてたんですよね。僕も、ちょうど行こうと思ってたんです」
そのまま、当たり前のようにあいあい傘で進もうとする吉良に、なかば連れていかれる形で健は踏み出す。
右足が、水を含む中庭のコケを踏んだ。
3つ目のジンクスを引き当てたことと、吉良の行動と、自分の気持ちが、狭い頭の中でぐるぐる回る。
混乱だ。
一言で言えば、混乱して、見失っている。
かすかに肩にふれる吉良の熱に、動揺している。
自分の感情を見失うなんて。
自分のことなのに。