「そのころには、止んでるだろ、雨」
うっわ。ばかだ。
みなとはストレートにそういう表情をした。
天気予報をみてないのか、そしてこの降りやむ気配など微塵もない本降りと、分厚い雨雲さまをなめているのか。
「・・・2時間たったら迎えに来るよ。どうせ、夕飯の時間だし」
傘がきっと、入用だろう。
「おー、サンキュー」
健がのんきに手をふる。
そのまま男同士で色気の欠片もない相合傘で離れていくのを見ていたら、自然と、ため息が出た。
逆に安心した。
きっと、彼は、変わらないのだろうという確信だった。
友人を見送り、みなとはビニール越しの空を見上げる。
全寮制で、同じ年代の男子だけを閉じ込めた園。
性別は全員同じなのに、わずかな個性が、環境が、タイミングが、妙な役割を課してくる。
たとえばみなとは、少々中性的な容姿から、『お嬢さん』扱いされる。
幸也は、背が高く、クールな雰囲気から、下級生にあこがれられる『俺様』ポジション。
本人が望んだのではないが、気が付くと、じわじわと、役割にそった存在に近づけられている。
それを不自然とも思わないできたことが、今となっては不自然だった。
そう気が付いたのは、健と会ってからだ。
彼は外部生で、何も知らない。
ジンクスも、澱のように沈殿した妙な学園の空気も、新参者の彼には関係ない。
変にほだされ、悪い意味で染まるのでは、という懸念もあったが、まさかジンクス当事者が、あんなにあっけらかんと笑いころげているのだから、毒気もぬけようものだ。
変われるのだろうか。
自分のうつろな目も、幸也の飢えた目も、吉良の訴えかけるまなざしも、健の「知らないもの怖さ」で。少しずつ、変な呪いから抜け出せるのだろうか。
そんな風に思いながら傘ごしに見上げた視線を、ふと、転じた先に、その人はいた。
上条。
あの夕日のさしこむ教室で最後に会ってから、どれくらい経ったか。
たった数日だったのに、ずいぶん懐かしい姿にうつった。
忘れていた何かを、急に目の前に突き付けられたら、まさにこういう気分なのだろう。
上条は渡り廊下からじっとこちらを見つめている。
いつもなら無邪気に、ややふざけて、でもそれは精一杯の照れ隠しとわかるテンションで、声をかけてきたものだ。
しかし、彼は微動だにしない。
視線もそらさない。
表情は遠すぎて見えないが、きっと笑ってはいないのだろう、ということはわかる。
みなとは会釈するでもなく、近寄るでもなく、何事もなかったようにゆっくりと歩いた。
校舎に差しかかり、ようやく傘を閉じたその先には、もう上条の姿はなく、雨がさあさあと不思議に乾いた音を響かせている。
彼もまた、何かを課せられた「役者」なのだろうか。
みなとに恋をするような、そんな役割を、本人の意思と関係なく、課せられていたのだろうか。
どちらにしろ、みなとにとっては考えてもしょうがないことの一環でしかなく、あと2時間も待たずにあののんきでお気楽で救いでもあるルームメイトを、幸也の傘を拝借しつつ連れ戻しに来ようと脳内でスケジュールを整理しながら、手についた雨のしずくを振り払った。