いい感じに木影が見つかってよかった。
道端で話し込むわけにもいかず、かといってどこかのファストフード店も却下だ。
どう考えても、他人の耳に入れたい話にはならない。
仕方なく自動販売機で飲み物を手にし、川原の土手におりてきた。
ちょうど死角になりやすく、炎天下の土手に人影は幸いにしてほかになし。
入念に確認し、座り込んだのは30分以上も前だ。
話し終えたとき、光輝はお茶のペットボトルをわきに置いたままで、木戸の飲み物もまだ器の半分を満たしていた。
元気がなくなってくる炭酸の泡と、となりでひたすらうつむいているつむじを交互に見る。
ぶち。
あ、草をむしった。
話を聞いているあいだ、光輝は一言も発しなかった。
時折、木戸の言葉の何かが刺さるのか、もの言いたげにばっと振り仰いだりするものの、決して何も言わずにまた視線を地面にもどすのだ。
そして話し終えた今も、無言で地面をにらんでいる。
どうしていいのかわからない。
それもこれも、己がうかつなせいだと思うと、人を恨むわけにもいかない。
男として生を受けて17年。
それなのに男に唇を奪われ。
そのことで相談にのってもらった友人にも唇を奪われた。
さらにそれを、最初に唇を奪った人間に無言でとがめられている。
・・・とがめられて、いるのか?
「・・・オレが一番、むかつくのは」
沈黙が、破られた。
「誰だか知らないけど、他人が勝手にオレの気持ちを決めつけたってことです!」
そ こ か
「いや、やっぱりお前の気持ちはわからん」
「報われないだとか思いあまって、~~とか!そっちの方が意味わかんないですよ」
憤然と振り仰がれ、その目が本気なことにうごけなくなる。
「好きだって、言ってるじゃないですか。好きって言葉に、他になんの意味があるんですか!?」
「・・・。」
「報われないって、なんですか。それ、その人の勝手な気持ちですよね。その人のわけのわかんない気持ちを、まるでオレのことみたいに語られるとか」
そこで一旦、言葉を区切り、
「やっぱり意味がわかんねえっ!!」
ぶちぃっと草が宙を舞った。
「オレの気持ちはオレだけのものだ!」
初めて、光輝が乱暴な言葉をつかっているのを聞いた。
もともと、あまり言葉が巧みなほうではないように思えた。
いつも言葉がたりなくて、説明が説明になっていないと思っていたが、もしかしたら逆なのだろうか。
好きという言葉は好き、確かに、それ以外に意味はない。
そこに悲しみや苦痛を添えるのは、他人の勝手であり、それはその人間だけの理屈なのだ。
そしてその理屈は、他の人間には、関係がない。
光輝はいつも、好きだとしか告げなかった。
言葉を飾るのが苦手な彼らしく、真実しか述べてこなかったのだ。
ようやく、そのことに気づく。
「・・・ありがとう」
初めて、素直な言葉が出た。
「え」
意表を突かれた人間がえてしてそうであるように、光輝もまた、言葉をつむげずに相手をただ見つめる。
「好きだと言ってもらったことに、まだお礼を言ってなかった」
そう、唐突に気づいてしまった。
何故、とか、どうして、とかそんな理屈を追う前に、もっとするべきことがあったはずだ。
たとえば。
向けてもらった好意に、素直に礼を言う、とかだ。
「お礼、なんか」
そう口にする光輝の声が、かすかにふるえている。
「言われるようなことじゃ」
目に、うっすらと揺れる幕がひろがっている。
泣くのをこらえているのだと、至近距離ゆえにわかった。
「言ったでしょ。理解とかいらない。ただ、オレが好きでいることを許してくださいって」
そう、彼はそれしか求めていなかった。
勝手に勘ぐったのは木戸であり、北島だったのだ。
「あああ。でも、なんか、やっぱ、ムカつきますね」
思いっきり手で涙をぬぐい、何でもないそぶりを見せようとする光輝だったが、夏服は半そで、涙を吸い取ってくれるはずの布がないので、素肌にそのまま濡れた光の筋を伸ばすはめになった。
それは至近距離でばっちり木戸に見えてしまう。
「すまん」
「思い返したらだんだんやっぱムカつきます」
「・・・うん」
「わかってるんですか!?」
急にぐるっと振り仰がれ、木戸が息をのむ。
「・・・たぶん」
あいまいにしか返事はできないが、一生懸命な真心を、他人にあれこれ決めつけられる不快さは理解できた。
もう一度謝ろうとして・・・
ふに、と唇に熱が触れる。
何が起きたのか、もう3回目ともなればすぐに分かった。
光輝の唇が、自分のそれと重なっている。
「他人がきどさんにキスしたの、やっぱ、ムカつく」
『思い返したらだんだんムカついた』ことの、回答をもらう。
今度はそこか。
「・・・すまん」
何に対しての謝罪かわからないが、光輝の一生懸命さに半ば折れる形で謝罪する。
むううと子供のように不機嫌だった顔が、吐息のかかる距離でふっと笑った。
あ、この表情、好きかもしれない、と、脳の片隅がつぶやく。
「じゃあお詫びに、いっぱいキスさせてくださいね」
どんな理屈だよ、と文句を言おうとして、呼吸ごとからめとられた。
まるで子犬がじゃれつくようなキスだった。
人に見られたら・・・と一瞬あせったが、そもそも人目につかないよう死角を選んでいたことを思いかえす。
人が見ていないのなら、まあ、いいか。
最後の最後にそんな風に折れ、光輝の好きにさせてみる。
いやらしさを感じないふれあいは、無邪気で、それがほんのすこしおかしかった。
角度を変えて唇を食まれるが、決して口腔にはいってこようとはしない。
最後に、ちゅ、と下唇を甘噛みされて、ようやく解放される。
見れば、嬉しくて嬉しくてならない、という表情で微笑んでいる。
思わず、「もらい笑い」をしてしまった。
「きどたからさん、大好きです!」
「!」
久々のフレーズとともに、体ごと突進される。
構えていなかった分、重心があっさりと倒され、草の上に押し倒された。
とたん、土のにおいが近くなる。
「おい、やめろって」
「だって」
明るい声と表情は、やっぱり一点の悪意もない。
「試験でずーっと我慢してたんですよ!ご褒美もらってもいいですよね」
そういってギュウギュウに抱きついてくる様は、本当にちょっとした大型犬のようで、不思議と嫌悪感はなかった。
こんな明るい空の下、よもや不穏なコトには及ぶまい、という気持ちもどこかにあって、しばらくは光輝の抱き枕に徹する。
「そうだ、お詫びついでに、夏休み、一日くらいオレと遊んでくださいよ!」
がばっと身を起こし、満面の笑みで告げられる。
もう木戸には、苦笑しながら了承する以外、選択肢はなかった。
「約束ですよ」
そう言って、もう一度唇をついばまれる。
わかったわかった、もうわかったから・・・と逃げようとするのを、笑いながら追いかけられる。
押し切られて、連絡先をLINEふくめてごっそり奪われ、もう一度夏休みのデートを確約させられ、もりだくさんな会合はお開きとなった。